- 執筆者弁護士 山本哲也

業務中や通勤中の事故によってケガを負った場合、労災保険を申請することで治療費や休業補償などの給付を受けることができます。
しかし、実際の手続きは複雑で、必要書類の準備や労災との因果関係の証明など、専門知識が求められる場面も少なくありません。
特に、会社側の協力が得られない場合や、申請を本人が単独で行うケースでは、思わぬ不利益を被るリスクがあります。
本記事では、労災申請を本人が行うことの具体的なデメリットと、適切に手続きを進めるためのポイントについて詳しく解説します。
労災とは

労災保険制度は、労働者の生命や生活を支えるために設けられた公的制度です。
制度の内容を正しく理解しておくことで、適切に権利を行使し、必要な補償を受けることができます。
労災保険の目的と対象範囲
労災保険(労働者災害補償保険)は、労働者が業務中や通勤中にケガを負ったり病気になったり、あるいは死亡した際に、治療費や休業中の補償、後遺障害や遺族への給付などを行う制度です。
対象となるのは正社員に限らず、パート・アルバイト・契約社員などを含むすべての労働者です。
事業主には労災保険への加入義務があり、保険料は会社が全額負担しています。
給付される内容
労災保険で受けられる主な給付には、以下のようなものがあります。
- 療養補償給付(医療費の全額支給)
- 休業補償給付(休業4日目以降に賃金の約8割)
- 障害補償給付(後遺障害の程度に応じた一時金または年金)
- 遺族補償給付(死亡時に遺族へ支給)
- 葬祭料(一定額の葬儀費用)など
自己負担が原則ない点が特徴で、民間保険とは大きく異なります。
労災申請を本人が行うデメリット

労災保険は申請を行わなければ給付を受けることはできません。
しかし、会社側の協力が得られず、すべてを本人が手続きする場合、さまざまなリスクを伴います。
手続きが煩雑で申請ミスの可能性
労災の申請には、事故発生状況や業務内容を詳細に記載した報告書、医師による診断書、通勤経路の図など、複数の書類を提出しなければなりません。
これらには所定の様式があり、記載ミスや不備があると、労働基準監督署から差し戻しを受ける可能性があります。
また、労働災害と業務との因果関係(業務起因性)がはっきりしない場合、本人が単独でそれを証明するのは難しく、結果として給付が認められないリスクもあるでしょう。
会社との関係が悪化するおそれ
一部の企業では、労災申請が行われることで労働基準監督署から調査が入ったり、安全管理体制の不備が露呈したりすることを懸念し、申請に非協力的な態度を取る場合があります。
その結果、本人が申請を進めたことで「会社の名誉を損なった」とみなされ、職場での立場が悪化するケースも見られます。
最悪の場合、退職勧奨やパワハラといった二次被害に発展する可能性も否定できません。
心理的負担や孤立感も深刻
申請手続きが長期化する過程で、被災者本人の心理的負担も深刻になります。
会社側の非協力や周囲の無理解により、「本当に労災と認められるのか」「職場に戻れるのか」といった不安を一人で抱えることになり、精神的に追い詰められる方も少なくありません。
本来、身体の回復に専念すべき時期に、行政対応や証拠集めに労力を取られるのは非常に大きなストレス要因となります。
【参考】労災事故の対処方法③ 会社に損害賠償請求する際の注意点
労災について本人が隠してしまうデメリット

申請をためらい、労災であることをあえて報告しないという判断は、ご自身の将来に深刻な不利益を招く恐れがあるため、おすすめできる判断ではありません。
以下では、労災について本人が隠してしまうデメリットについて解説します。
給付を受けられなくなる可能性
初期対応を誤ってしまうと、後になって「やはり労災申請すべきだった」と感じても、証拠が不十分で労災として認定されないことがあります。
また、通院や治療が長期化した場合、その費用は全額自己負担となり、経済的・精神的な負担も大きくなってしまうでしょう。
さらに、給付の請求には5年という時効があり、期間を過ぎると権利は消滅し、給付を一切受けられなくなってしまうのです。
将来的な損害賠償請求が困難に
労働災害が会社の安全配慮義務違反によって発生した場合には、民事上の損害賠償請求も可能です。
しかしそのためには、業務起因性を立証し、事故状況や会社対応の証拠を適切に残しておくことが重要です。
事故直後に何も対処しなかった場合、後から証拠を集めるのは困難となり、実質的に損害賠償請求が難しくなるケースもあります。
隠したまま復職するとさらなるリスクも
労災申請をせず、そのまま復職を選ぶ方もいますが、これは大きなリスクを伴います。
例えば、後遺症が残った場合、今後の労働能力に影響が出ても補償は一切受けられません。
また、別の部署へ異動させられたり、無理な勤務を強いられたりすることで、再び健康を損なうリスクもあります。
適切な申請と補償を受けておくことが、長期的には自分を守るためにも必要です。
【参考】Q. 退職しないで労災申請や損害賠償をすることはできますか?
労災申請をスムーズに行うために

トラブルを避け、正当な補償を受けるには、労災制度の仕組みを理解し、早めに専門家に相談することが大切です。
会社の協力が得られない場合の対処法
労災申請において会社の協力が得られない場合、会社の押印がなくても申請は可能です。
その際は、事故の日時、状況、現場の図、証人の陳述書、診断書、通院履歴、写真、LINEやメールでのやりとりなど、第三者にもわかる形で証拠を整えておくことが望ましいです。
専門家のサポートを活用するメリット
弁護士や社労士といった専門家に相談することで、申請書類の整備や必要な証拠の収集、記載内容のチェックなどを適切に行えます。
特に後遺障害が残るケースや、会社との関係がこじれているケースでは、専門家の関与により結果が大きく変わることもあります。
また、不利益な扱いに対する法的対応や、会社との交渉においても専門家の支援があると安心です。
まとめ

労災申請を本人が行うことは法律上可能ですが、制度の複雑さ、会社との関係、証拠の確保など、多くのハードルがあるのも事実です。
「会社に遠慮して申請しない」「よく分からないから手続きしない」といった判断は、将来的に自分の不利益につながるおそれがあります。
山本総合法律事務所では、安全配慮義務違反を原因とする労災や損害賠償請求について、被害者の方の立場に立った丁寧な対応を行っております。
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