- 執筆者弁護士 山本哲也
最近ではコロナ禍の影響もあり、在宅勤務を導入する企業が急増しています。
勤務先で在宅勤務が増えた方も多いでしょう。
もしも在宅勤務中にケガをしたら、労災認定を受けられるのでしょうか?
結論的に、在宅勤務でも労災認定を受けて補償を受けられるケースもありますが、否定される可能性もあります。
この記事ではどういった状況であれば在宅勤務で労災認定を受けられるのか、弁護士が解説します。
在宅勤務中にケガをした方はぜひ参考にしてみてください。
1.労災(労働災害)と労災保険について
在宅勤務中のケガで労災認定を受けるには、労災の要件を満たさねばなりません。
まずは労災認定を受けるための基本的な要件を確認しましょう。
労災とは
労災認定は、労災保険制度にもとづく手続きです。
そもそも労災保険がどういった保険で労災とはどういう制度なのか簡単にみておきましょう。
労災保険は、労働者を守るための保険です。
労働者は仕事をするとき、どうしてもさまざまな危険にさらされるものです。ケガをしてしまう機会も少なくありません。
そこで業務中や通勤退勤中に労働者が業務と関連したケガをしたり病気、障害を負ったり死亡したりしたときに、補償を行うための公的保険制度が作られました。それが労災保険です。
労災とは、労働者が業務中や通勤退勤途中の事故などによって負傷、病気になったり障害を負ったり死亡したりすることをいいます。
■ 労災認定されやすいケースの具体例
以下のような場合に労災認定を受けられる可能性があります。
- 業務中にケガをした
- 業務中に死亡した
- 業務が原因で心疾患にかかり、治療を受けたが後遺症が残った
- 通勤途中に交通事故に遭った
業務災害と通勤災害
労災には業務災害と通勤災害の2種類があります。
業務災害とは、仕事そのものに起因するケガや病気、死亡などです。
一方通勤災害は、通勤退勤途中におけるケガや死亡などです。
業務中の事故は労災認定されやすいですが、通勤災害の場合には「合理的なルート」を外れていると労災認定されなくなってしまいます。
2.労災が認められる要件
労災認定を受けるにはどのような要件を満たさねばならないのでしょうか?
基本的には以下の2つの要件を満たせば労災認定されると考えましょう。
- 業務遂行性
- 業務起因性
在宅勤務でも上記の2つの要件を満たせば労災保険から各種の補償を受けられる可能性があります。
これだけでは分かりにくいと思いますので、次で詳しく説明します。
業務遂行性
業務遂行性とは労働者が雇用者の指揮命令下で仕事をしている状態です。
労災が発生したときに労働者が雇用者の指揮命令下で業務に従事していれば、業務遂行性が認められます。
わかりやすくいうと「仕事中の事故(けがや障害、死亡など)」や「業務を理由とした事故(ケガや病気、障害や死亡など)」であれば労災認定される、という意味です。
ただし通勤災害の場合には通勤退勤途中の事故であることが必要となります。
業務起因性
業務起因性とは、仕事と負傷などの結果に因果関係があることです。
実際に雇用者の指揮下で仕事をしていた場合には基本的に業務起因性の要件を満たしますが、仕事と関係のないプライベートな時間やプライベートな事情によりケガをしたり病気になったり障害が残ったり死亡したりしても、労災認定されません。
特に長時間労働でうつ病になった場合などには業務起因性が問題となるケースが多々あります。
3.在宅勤務でよくある怪我、労災認定されるのか?
在宅勤務の場合、事業所や外回りとは異なる状況で負傷するケースも多いでしょう。
以下では在宅勤務でよくあるケガをもとに、労災認定される可能性があるのかどうかご説明します。
腰痛になった
在宅勤務では「腰痛」になってしまう方が非常にたくさんおられます。
自宅では机や椅子などのオフィス家具を揃えるのが難しかったり、執務スペースが足りなかったりして無理な姿勢で仕事をしてしまいがちだからです。
在宅中に腰痛になった場合については、厚生労働省が「業務上腰痛の認定基準」を策定して労災の認定基準を公表しています。
以下で「業務上腰痛の認定基準」の内容を解説します。
【参考】厚生労働省「腰痛の労災認定」
https://jsite.mhlw.go.jp/saga-roudoukyoku/content/contents/000468676.pdf
■ 突発的な負傷などが原因となるもの
重いものを持ち上げたら腰を損傷した、腰に物が強くぶつかったなど、「突発的な腰の負傷」が原因の腰痛を「災害性の原因による腰痛」といいます。
この場合、以下の2つの要件を満たせば腰痛が労災認定される可能性があります。
- 腰の負傷、またはその負傷の原因となった急激な力の作用が、仕事中の突発的な出来事によって生じたと明らかに認められること
- 腰に作用した力が腰痛を発症させた、または腰痛の既往症・基礎疾患を著しく悪化させたことが医学的に認められること
災害性の原因による腰痛の具体例としては、「仕事で重いものを持ち上げてぎっくり腰になった」「仕事中に腰に物が当たって腰を負傷した」「腰に対する衝撃があり、持病の腰痛が悪化した」などが挙げられます。
突発的な負傷以外の要因による腰痛
在宅勤務の場合、上記のような突発的な負傷以外の原因で腰痛になるケースもあります。
これを「災害性の原因によらない腰痛」といいます。
たとえば毎日、性能の良くない椅子に座って作業を続けたために腰への負荷が強まり、腰痛になってしまった場合などが典型です。
災害製の原因によらない腰痛の場合、以下の要件を満たさないと労災認定される可能性は低いといえます。
- 約20kg以上の重量物、または重量の異なる物品を、繰り返し中腰の姿勢で取り扱う業務
- 毎日数時間程度、腰にとって極めて不自然な姿勢を保持して行う業務
- 長時間立ちあがることができず、同一の姿勢を持続して行う業務
- 腰に著しく大きな振動を受ける作業を継続して行う業務
上記からすると、単に性能の悪い椅子を使っていて腰痛になっただけでは労災認定されない可能性があります。
在宅勤務に従事するなら、腰痛にならないようにコストを掛けても一定以上の性能のオフィス家具を利用するのがよいでしょう。
室内でつまづいて怪我をした、トイレに行った際に転倒して負傷した
自宅内でも物につまづいてケガをしてしまうケースがあります。トイレに行った際などにすべって転倒し、負傷する方も少なくありません。
在宅勤務であっても「就業時間中」のケガであれば業務遂行性のケガといえます。
またトイレに行くのは生理的行動で人として当然のものなので、業務起因性の要件も満たると考えられるでしょう。
よってトイレに行ったときに転倒してケガをしたら、労災認定される可能性があります。
単に室内の物につまづいて転倒した場合でも、状況にもよりますが一般的にありうることなので業務起因性があるといえれば労災認定される可能性があります。
子どもが暴れて怪我をした
小さなお子様のおられる方の場合、在宅勤務中に子どもが暴れてケガをする可能性があります。
たとえば子どもがふざけて硬い物を投げつけてきたために当たって負傷するケースなどです。そんなとき、労災認定される可能性があるのでしょうか?
基本的に、就業時間内のケガであれば業務遂行性の要件は満たすでしょう。
問題は業務起因性です。
家族がいる方が在宅勤務すると、家族が自宅にいるのは当然の状況といえます。小さい子どもがいたら、子どもの行為に起因して負傷する危険は十分に想定できると考えられるでしょう。そこで子どもが暴れて怪我をした場合にも労災認定される可能性があります。
ただし休憩時間中のケガは労災認定の対象になりません。また就業時間中であっても子どもと遊ぶために仕事を中断していたなら、業務遂行性の要件が満たされないので労災になりません。
4.在宅勤務で家の外で怪我をした場合
在宅勤務でも、外でケガをする可能性があります。
たとえば仕事でオフィスに行かねばならないケース、出張する場合などもあるでしょう。
在宅勤務者が外でケガをしたら労災認定されるのでしょうか?
仕事で移動中のケガ
オフィスへの通勤や退勤途中など、移動中の事故は「通勤災害」に該当する可能性があります。
通勤災害に該当するのは以下のような場合です。
- 家と勤務場所との往復の最中に災害に遭った
- 1つの勤務場所から別の就業場所への移動中に災害に遭った
- 家と勤務場所との間に先行する、あるいは後続する移動中に事故に遭った
ただし上記の移動については「合理的な経路および方法」によって行わねばなりません。
通勤や退勤といっても、通常選択するルートから外れてしまうと労災認定されなくなってしまいます。
■ 通勤災害に該当する具体的なケース
家からオフィスへ向かう最中、一般的な経路を使っていれば電車でも徒歩でも自家用車でも通勤災害として労災認定される可能性が高くなります。
通勤の最中に病院によったり食料品を買ったりするために多少寄り道をしても、通常のルートへ戻ってから事故に遭った場合には労災認定される可能性があります。
よくあるのが、通勤退勤途中の交通事故です。交通事故が労災認定されると、自賠責保険や任意保険だけではなく労災保険を利用して保障を受けられます。
制度ごとに特徴があるので、交通事故が労災になる場合にはどの保険や制度を用いるかよく検討して必要に応じて申請しましょう。
出張中のケガ
一般的に、出張は会社の業務命令によって行うものです。
業務遂行性の要件も業務起因性の要件も両方満たすでしょう。
確かに出張には食事や宿泊などのプライベートな要素もありますが、基本的には「出張に当然に伴う行為」と認定される可能性があります。
たとえば出張の移動中に事故に遭った場合や食堂で転倒してケガをした場合などにも労災認定を受けられる可能性があります。
プライベート、自己判断による外出
在宅勤務の方の場合、プライベートな理由で外出する機会もあるでしょう。
その場合には業務遂行性や業務起因性が認められないので、労災認定されません。
たとえば業務とは無関係に子どもを保育園に迎えに行く最中に交通事故に遭った場合や、休憩時間中に子どもと散歩にでかけたりしたきにケガをした場合、労災には該当しないと考えるべきです。
5.在宅勤務で労災申請する際の注意点
在宅勤務で労災申請する際、以下のような点に注意が必要です。
労災病院とそれ以外の病院の違い
労災保険を適用して治療を受けるとき、労災病院(労災指定病院)かそれ以外の病院かで扱いが異なってきます。
労災病院(労災指定病院)で治療を受ける場合、窓口で費用を負担する必要がありません。労災保険から直接費用を病院へ払ってもらえます。
一方、労災病院以外の病院の場合、窓口で費用を払う必要があります。その後、労災保険に対してかかった治療費を請求しなければなりません。労災病院を選んだ方が請求の手間を省けるといえるでしょう。
なお労災認定を受けられると、治療関係費は全額労災保険が負担してくれます。
健康保険を使うよりも負担が軽くなるので、早めに労災申請をして療養補償給付金を受け取りましょう。
労災認定されにくいケースがある
在宅勤務中の労災の場合、事業所や工場、現場などにおける事故より労災認定されにくいケースが多々あります。
在宅の場合、どうしてもプライベートと業務との間が明らかになりにくいためです。
労災認定を受けるには、業務遂行性と業務起因性の2要件について、説得的に説明しなければなりません。
勤務先が労災保険に入っていない場合
労災保険を適用しようとすると、勤務先が「うちは労災に入っていない」と言ってくるケースがあります。
しかし事業者は、1人でも従業員を雇用したら労災保険へ入らねばなりません。これは法的な義務であり、入らなければ罰則などのペナルティも適用されます。
勤務先が労災保険へ加入していなくても、労働者には労災保険が適用されます。労災保険への未加入の責任を労働者へ押し付けるべきではないためです。
労災をきっかけに未加入が発覚するケースもよくありますが、そうなったら事業者はこれまでの労災保険料を支払わねばならないなどペナルティも受けます。
勤務先が労災保険へ加入していなくても、労働者側としては遠慮せずに労災保険の申請をしましょう。
勤務先が協力してくれない場合
労災保険を申請する際、雇用主が申請書に証明員を押す欄を埋めなければなりません。
しかし勤務先によっては、労災申請に非協力的なケースもあります。
その場合、勤務先の証明欄は空白のまま申請書を提出してもかまいません。
「雇用主が協力してくれなかった」と記載しておきましょう。
会社に責任が発生するケースもある
在宅勤務で労災に遭ったとき、勤務先に損害賠償請求できる可能性もあります。
勤務先には、労働者へ適切な労働環境を提供すべき法的義務(安全配慮義務)があるからです。
在宅勤務であっても勤務先の過失で危険な態様で業務を行っていたのであれば、企業には損害賠償義務が発生するので、労働者は労災保険以外にも企業側へ慰謝料や休業損害などを請求できます。
企業に法的責任が発生するかどうかについては専門的な判断が必要となりますので、わからないときには弁護士へ相談しましょう。
群馬の山本総合法律事務所では、労災に遭った被災者の方への支援に力を入れています。
在宅勤務中にケガをしてお悩みの方がおられましたら、親身になって対応いたしますのでまずはお気軽にご相談ください。